花嫁の父の想い
挙式に携わる私達が目にした、感動レポートをご紹介します。全て実話です。
結婚式当日、ご新婦側の控室では、親族が集まり賑やかな時間が流れていましたが、部屋の隅でひっそりと佇む一人の男性がいました。ご新婦のお父様です。モーニングスーツに着替えたその姿は凛々しく見えましたが、その表情にはどこか陰りが感じられました。親族とほとんど言葉を交わすことなく、ただ静かに一人で過ごすお父様。何かを思い詰めたようなその姿が、私はとても気になっていました。
時間が過ぎ、挙式のリハーサルや親族紹介、集合写真の撮影が進んでも、お父様の表情は変わりませんでした。周囲が和やかなムードで笑い声が響く中、お父様はどこか遠くを見つめるように、時折微笑むものの、それはほんの一瞬のことでした。
そして、いよいよ挙式の時間が近づいてきました。ご新郎が先に入場し、チャペル内は静寂に包まれます。お父様はその姿をじっと見つめていましたが、その目にはやはりどこか寂しさが漂っていました。続いて、ご新婦がいよいよ入場するその瞬間がやってきます。扉の向こうからは、美しいバイオリンの演奏がかすかに聞こえ、チャペル内の雰囲気は緊張感に包まれていました。
「ちょっと、待って」
その時、スタッフの動きを止めたのは、ご新婦のお父様でした。チャペルの扉が開かれようとするまさにその瞬間、お父様の目から涙があふれ出し、彼は静かに眼鏡を外して壁の方へ顔を向けました。ご新婦とお母様は驚きながらも、その姿を見て涙をこらえようと必死でした。
ご新婦は小さな声で「パパ、やめて…」
お父様の涙を止めようとしましたが、感情があふれ出るのを誰も止めることはできませんでした。
「ごめんね、ちょっと待って…カッコ悪いからさ、少しだけ待ってね…」
お父様は控え目に私たちスタッフに謝りながらも、何とか涙を拭こうとされていました。その姿を見て、私は心の中で静かに「お父様、深呼吸をしましょう」と声をかけましたが、その言葉が届いていたのかどうかは分かりません。新婦とお母様だけが大きく息を吸い込み、気持ちを整えようとする様子が目に入りました。
お父様はきっと、控室でずっと過去の思い出を反芻していたのだと思います。娘が小さかった頃、手をつないで歩いた日々、学校の行事や家族で過ごした楽しい時間。その一つ一つが蘇り、胸が締め付けられる思いだったのでしょう。娘が結婚するという現実を前に、どうしても感情が抑えきれなかったのかもしれません。
ようやく落ち着きを取り戻したお父様は、静かに深呼吸をし、歩きだしました。お父様の瞳には、まだ涙の跡が残っていましたが、その顔には娘への深い愛情と誇りが刻まれていました。
チャペルディレクター 末木より