届かなかった言葉、今ここに
挙式に携わる私達が目にした、感動レポートをご紹介します。全て実話です。
結婚式の打ち合わせで、控えめな表情を浮かべていたご新婦には、ひとつ大きな悩みがありました。それは、結婚式に親御様を呼ぶかどうかということでした。打ち合わせの途中でその話題になった時、ご新婦は少し迷いながらも静かに口を開きました。「実は、あまり仲が良くないんです。長い反抗期ってやつですかね…」彼女の言葉には少しの寂しさが滲んでいました。ご新郎もそのことを理解しており、二人で話し合いながらも、どこか決断に迷いがあるように見えました。
私としてはご新婦の気持ちを尊重しながらも、やはり親御様に出席してもらうことが後悔を生まない選択だと感じていました。自分の経験談を交えつつ、迷われているなら呼んでみてはと優しく提案しました。「結婚式は二人だけのものではなく、家族の物語でもあります。迷われているということは、本当は来てほしいと思っているのでは?」と語りかけました。ご新婦は少し考え込みましたが、最後には「やっぱり来てもらおうかな」と、小さく頷きました。
親御様に連絡することが決まり、少し肩の荷が下りたように見えました。ただし、一般的にお母様が行うことの多い「ベールダウン」は行わず、またお父様とではんなくご新郎と二人でバージンロードを歩くことになりました。ベールダウンは母親が娘に最後の支度をする感動的な瞬間ですが、ご新婦はそれを選ばず、自分らしい形を大切にしたかったようです。そんな二人の思いを尊重しながら準備を進めていきました。
そして、迎えた結婚式当日。ご新婦が支度をする部屋に入ると、テーブルの上に一通の手紙が置かれているのに気付きました。シンプルな白い封筒には、両親の名前が記されていました。少し驚いた様子でその手紙を手に取り、恐る恐る封を開けると、そこには両親からの心のこもったメッセージが綴られていました。
「長い間、あなたとちゃんと向き合えなかったこと、ごめんなさい。反抗期だったのはあなたも私たちも同じだったのかもしれないね。」そう書かれた文章に、ご新婦は目を潤ませました。手紙には、彼女が生まれてきてくれたことへの感謝の言葉や、どんな時も変わらず大切に思っていることがしっかりと記されていました。読み進めるうちに、ご新婦は涙をこぼし、その場に立ち尽くしました。自分がずっと心の中で抱えていたわだかまりが、両親の言葉で少しずつ解けていくのを感じました。
ご新婦は手紙を胸に抱きしめ、長い反抗期が終わりを迎えたことを実感しました。そして、本当はずっと心の奥でしてほしいと願っていたことを決意しました。
控え室を出ると、ご新婦はプランナーに静かに言いました。「やっぱり、母にベールダウンをしてもらおうと思います。そして、バージンロードは父と歩きたいです。」その言葉に私は驚きましたが、ご新婦の晴れやかな表情に安堵しました。すぐに準備を進め、親御様にそのことが伝えられました。お母様は驚きつつも、娘の気持ちを受け入れ、涙ぐみながら準備に取り掛かりました。
式が始まり、ご新婦が入場する時、お母様はそっとベールを下ろし、ご新婦の顔に優しく手を添えました。その瞬間、二人の間には言葉にならない感情が溢れ、ご新婦の目からは涙が止めどなく流れました。その後、お父様と手を取り合いながら歩いたバージンロードは、これまでのすれ違いを埋めるかのように、温かな瞬間で満たされていました。
式の間中、親御様とご新婦は涙を浮かべながらも、どこか照れくさいような笑顔を見せていました。会場の温かな視線を浴びながら、互いに無言のまま感謝と愛情を感じ合うその姿は、周囲の人々にも深い感動を与えました。結婚式が終わる頃には、ご新婦と親御様の間にあったわだかまりはすっかり消え去り、新しい家族としての絆が一層深まったことを誰もが感じ取っていました。
この結婚式は、ただのセレモニーではなく、親子が再び心を通わせる特別な一日となりました。ご新婦にとって、反抗期という長いトンネルの終わりを迎えた瞬間であり、両親との新たな未来の一歩を踏み出す日でもありました。
チャペルディレクター 松永