花婿の靴から花嫁の父の靴へ
挙式に携わる私達が目にした、感動レポートをご紹介します。全て実話です。
これから結婚式が始まろうとするチャペルの扉前。控室から新婦とお父様が姿を現した瞬間、私はその厳かな空気感に息をのむような思いでした。二人が扉前に立つと、扉の向こうからゲストたちの期待に満ちた気配が静かに漂ってくるのを感じます。ご新婦様は美しいドレスに身を包み、少し緊張した表情でお父様と腕を組んでいます。お父様もまた、どこか静かな表情でご新婦様を見守っていました。
「まもなくご入場です」とお声をかけると、ご新婦様は微かに微笑みながら、しっかりと頷きました。その姿に、父娘の深い絆と、この特別な瞬間への重みを感じました。そんな中、私はふとお父様の靴に目が止まりました。
少し汚れがついていたので、さりげなく膝をついて「お足元、失礼いたします」と声をかけ、クロスで丁寧に拭き取りました。すると、お父様は少し照れくさそうに「ありがとう」と小さく微笑んでから、ふと遠くを見るような表情を浮かべ、「この靴ね、実はお母さんとの結婚式の時に履いたんだよ」と語り始めました。
その言葉を聞いた新婦は、驚いたようにお父様を見つめ、「えっ、そうなの?」と小さな声でつぶやきました。お父様は、まるで当たり前のことのように「久しぶりに出してきたからね」と優しく笑いながら答えました。
一瞬の沈黙が流れ、再び静けさが戻りましたが、その無言の数秒間に、新婦はお父様の言葉に込められた想いを噛み締めているようでした。
お母様との結婚式での思い出が息づいているその靴。今度は大切に育ててきた娘の結婚式という場で再び履かれることに、お父様の特別な想いが感じられました。新婦は少し目を潤ませながらも、そのまま目を閉じて深呼吸をし、気持ちを整えている様子でした。
私はその光景を静かに見守りながら、この結婚式がご新婦様にとって、そしてお父様お母様にとってもどれほど大切なものかを感じました。扉の向こうでは、ゲストたちが息をひそめ、二人の姿を待ちわびています。しかし、この扉前で交わされた無言のやり取りが、誰よりも二人の心に刻まれる一瞬だったのかもしれません。
やがて式が始まり、扉がゆっくりと開かれます。スポットライトがバージンロードに立つ二人を照らし出し、お父様と新婦が共に歩み出すその瞬間、私は親子のそれぞれの背中にかけられた無言の感謝と、深い愛情を感じました。父と娘が歩むその道には、目に見えないけれど確かに感じられる家族の絆が、温かく輝いていました。
チャペルディレクター 解良より